にいがた花絵プロジェクトの歴史

1993

無我夢中の一年目、やることが全て初体験。オランダのチーズを使ったイベントも開催。3m×10mの花絵を2枚制作。完成した時には思わずほろり、花絵が歩きだした。

JR新潟駅万代口[第1回](左)・[第2回](右)

1994

何と横10mが3倍の30mに拡大。デザイン画も一般公募になった。想像以上に制作時間をオーバーしたが、迫力満点のデザインはタクシーの運転手をうならした。

JR新潟駅万代口

1995

シンプルなデザインがとても好評。通勤途中の人達が思わず立ち止まる。15万本のチューリップの花の香りが強烈だ。

JR新潟駅万代口

1996

春になっても気温が上がらず一週間遅らせて制作。花が足りなくて夜、2回も恒例の夜摘みとバタバタと走り廻った。着実に市民に浸透し市内3ヵ所で花絵が作られた。

JR新潟駅万代口

1997

開催日も緑の日29日と決定、JR新潟駅・万代シテイパーク・古町商店街(NEXT21)の3ヶ所同時制作&展示。また信濃川に花いかだが浮かびチューリップで新潟の春を演出し始める。新潟ふるさと村、古町どんどん、関屋中学校、新潟市市役所、市内8ヵ所でも花絵ができる。

JR新潟駅万代口(左)・万代シテイパーク(右)

1998

生産者も初めてだという異常気象で開花時期が1週間ほど早くなり、大変苦労する。しかし初めて小学校で行い、先生・子供たち・PTAから喜ばれる。市内8ヶ所で展示された。

JR新潟駅万代口(左)・万代シテイパーク(右)

1999

はじめて雨の花摘みを経験したが、新潟駅前は30mの花絵を再度挑戦。駅のホームにSLの花絵が飾られ、花いかだ・万代シテイも3回目を迎えた。新潟市美咲町、西大畑の自治会が地元の企業と協力して5つの花絵を完成させた。どんどん街の中に咲いていく花絵。捨てられる花をトータル45万本を使った。

JR新潟駅万代口

2000

新潟駅の花絵を一週間早く設定したが、春はとても遅く、急きょ変更やはり29日に無事完成した。柏崎で5つの花絵が飾られ、横浜でもお披露目され新潟まで花摘みに来ていただいた。会場も15ヶ所に増え、花絵WEEKとしてとらえ、あちこちに花絵が大小かまわず出現した。コミュニケーションのはじまりである。

JR新潟駅万代口

2001

今年ほど順調に進んだ年は、はじめてだった。みんな青空の下チューリップ畑で花摘みを楽しんで、花絵作りでは、いろいろな人達のコミュニケーションが、楽しい会話が語られました。完成花絵も各制作地なりのアイデアで表現されてとても美しく輝いていました。特に横浜、神戸からは観光バスで新潟までわざわざ花摘みにおいでになり、持ち帰り、各地で花絵を作って、横浜、神戸を新潟のチューリップで飾って楽しんでくれました。

JR新潟駅万代口

2002

祝10周年。例年になく花が早く咲き始め、あったかーい天候は実行委員をとても苦しめました。異常気象の影響を受けた花たちですが、活躍ぶりには目をみはるほど。神戸、長野、横浜、と全国からお呼びがかかり、一生懸命活躍しはじめました。100万本をクリアし、開催地も43地区に。

JR新潟駅万代口

2003

11年目。メインの花絵を新潟駅万代口から万代シテイにお引っ越し。 「万代シテイレインボー作戦」と名付け、万代シテイパーク、新潟伊勢丹屋上、ダイエー新潟店屋上の3ケ所に花を敷き詰めた。レインボータワーから眺める街の風景に花絵が溶け込んだ。千葉県や長野県にも花絵が広がった。

万代シテイパーク(左)・白山公園空中庭園(右)

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